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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)421号 中間判決

控訴人

鈴木定司

右訴訟代理人

乙黒伸雄

被控訴人

山本達栄

右訴訟代理人

大塚喜一

ほか一名

主文

本件原審の判決手続に違法はない。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。本件を千葉地方裁判所に差戻す。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。控訴代理人は、原判決は手形訴訟が通常訴訟に移行されたうえなされたものであるところ、控訴人に対して民事訴訟法四四七条二項による通知手続がなんらなされていない。したがつて原判決は控訴人が手形判決に対し異議の申立をなし防禦方法をつくす機会を閉ざし審級の利益を失わせたものであり、前記法条に違反するものであるから、第一審における控訴人の防禦をつくさせるため、本件は第一審裁判所に差戻されるべきであると述べ、被控訴代理人は、控訴人の主張は争う。原審において控訴人に対して判決言渡期日の通知がなされ、同通知書に通常訴訟の事件番号が記載されているから、控訴人は手形訴訟でないことを了知しうる筈であり、判決言渡期日までに控訴人には弁論再会申立の道が開かれており、なんら不当を強いるものではない。また、続審構造にある事実審たる控訴審においても十分事実関係は明確にできるから、原審のさ細な手続の誤りは、控訴人が原審において責門権を行使しないことによつて治ゆしたものであると述べた。

理由

控訴人の本案前の抗弁について判断するに、記録によると、被控訴人は控訴人を相手方として昭和五〇年一月六日手形訴訟として審理を求める旨の訴状を原審に提出し、右訴状は手形の写(甲第一号証の一、二)とともに控訴人に送達されたが、控訴人はこれに対し答弁書その他準備書面も提出することなく、同月三一日の原審における第一回口頭弁論期日に出頭しなかつたので、被控訴人は右期日において通常訴訟移行の申述をなし、これに基づき原裁判所は通常訴訟として審理をし即日口頭弁論を終結し、判決言渡期日を同年二月一四日午前一〇時と定め、同月四日控訴人に対し、その旨判決言渡期日の通知をしたうえ、右期日に通常訴訟事件として本件判決(欠席判決)を言渡したものであることが明らかであり、通常訴訟に移行した旨を控訴人に対し、右判決言渡しに至るまでの間、通知した事跡はこれを認めることはできない(右判決言渡期日呼出状の送達報告書の記載には右期日が通常移行後の期日であることを示すものは何もなく、事件番号は通常移行後も変らない。当裁判所書記官が原裁判所書記官に照会した結果も、本件では通常移行の通知をしていないという)。

ところで民事訴訟法四四七条二項によると裁判所は手形訴訟において原告から通常手形移行の申述がなされると、被告がその期日に出頭している場合を除き、直にその旨を記載した書面を被告に送達することを要することとしている。この規定の趣旨は、手形訴訟においては証拠方法の制限をうけるところから(同法四四六条)、被告としては右手続においては手形上の抗弁等の防禦方法を提出することを断念し、一たん手形判決をうけた後これに対して異議を申立て通常手続において防禦方法につき手形訴訟の制約を排して立証しようとして、手形訴訟の口頭弁論期日に出頭せず、かつ答弁書その他準備書面も提出しない場合が考えられるところ、このような被告が通常手続に移行したことを知らないまま通常手続の第一審判決を受けると、手形判決に対する異議の機会を失い、その不服は直ちに控訴申立によらなければならず、結局通常手続による第一審を失う結果となるので、このような事態をさけるよう配慮したものと解せられる。

しかるに、同法四四八条では、被告が口頭弁論において原告の主張した事実を争わず、その他なんらの防禦方法をも提出しない場合には、右の通常手続移行の書面の送達前であつても口頭弁論を終結できる旨規定しており、被告が口頭弁論期日に出頭せず、かつ答弁書その他の準備書面を提出しなかつた場合は原告主張事実を自白したものとみなされるから(同法一四〇条三項)、このような場合にも裁判所は被告欠席の儘直ちに口頭弁論を終結できることになる。すでに口頭弁論を終結できるとした以上、当然その時の資料に基づき判決を言渡すこともできることを意味するものと解される。しかしその場合でも通常移行の旨の通知を要しないとする規定はないから、おそくも判決言渡の時までにその通知をすべきものであろう。しかし通知を受けて通常移行を知つた被告が口頭弁論再開の申請をしたとしても、裁判所は当然に弁論を再開すべきものとすることのできないことは一般の場合と同様である。本件では原判決言渡の時までにその通知がなかつたこと前記のとおりであるから、被告としては訴訟の通常移行を知らなかつたものと推定される。そこでこのような推移のもとになされた原判決言渡の手続は違法で、原判決を破棄しなければならないものであろうか。これ本件の問題である。おもうに手形訴訟制度は、証拠方法の制限などにより手形、小切手等の訴訟につき簡易迅速に債務名義を与えるために通常訴訟手続の前置手続的性格のものとして制定されたものであつて、そのために手形判決に対し不服があれば異議申立をなすべくこれに対し直接控訴の申立はできない(同法四五〇条、四五一条)ものとされている。しかし、手形上の請求においては第一回の口頭弁論期日に被告が欠席し、答弁書その他の準備書面をも提出しない場合のきわめて多いことは実務上顕著であり、このような場合も手形訴訟のままで手形判決をするときは、被告の異議申立によつて第一審の通常手続が開始されることとなつて、かえつて手形訴訟の趣旨にそわないこととなるので、前記四四八条の規定が設けられたものとされている。従つて手形訴訟の訴状の送達を受け、第一回の口頭弁論期日の通知を受けた被告は、その期日に欠席して原告の主張事実を争わず、その他何らの防禦方法をも提出しないときは、訴訟が通常の手続に移行したことを知らない間に口頭弁論を終結されて判決を受けることのあるべきことはあらかじめ予期しなければならないのである。そのことは被告に対する第一回の期日の呼出状には前記四四八条の規定の趣旨を記載することになつていることからも明らかである(民事訴訟規則六四条三項)。したがつて原告の請求について争う意思のある被告は、当初からこれを争うことを明らかにすべきであり、それをしないで右の不利益を受けたとしても、これはひつきよう自ら招いたものといわなければならない。そうだとすればたまたま被告に対する通常移行の通知がなされないまま判決の言渡がなされたとしても、その手続のかしは原判決を破棄すべきほどの違法とすることはできない。

よつて当裁判所はこの点の中間の争いにつき控訴人の主張が理由がない旨の中間判決をするを相当であると認め民訴法一八四条にのつとり主文のとおり判決する。

(浅沼武 加藤宏 高木積夫)

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